2009年7月31日 (金)

ドライマウスセミナー2009

 去る7月12日(日)、ドライマウス研究会主催の「ドライマウスセミナー2009」に行ってきました。この研究会では認定医制度を設けており、一応私も認定医になっているのでその更新の目的もあって参加しました。

 私はこの研究会での講習を含めてドライマウスの勉強をして、その視点からも患者さんを診るようになったことで、非常に臨床の幅が広がりました。しかし日頃思うこととして、ドライマウスの診断、あるいは現在の患者さんの状態がドライマウスによって増悪しているという診断を下すことができても、それを改善することが難しいことが多いようです。保湿剤などの対症療法は簡単に出来ますが、唾液の分泌を妨げている原因すなわち薬剤やストレスの除去、あるいは全身的なことへの介入は、われわれには難しい場合が多いのです。

 そのため、今回のセミナー出席も正直少し気が進まないものがありました。しかしながら実際に出てみると、とても勉強になった一日でした。いつもいろいろな分野からの先生を呼ばれて、ドライマウスに関してさまざまな切り口からの講演が聴けるようになっているのですが、今回は特に興味ある話がありました。眼科の吉野先生によるドライアイの話、さらに経営にも関係したお話がありました。皮膚科の落合先生の口腔アレルギー症候群の話は、まったく知らなかったことで、また現代のアレルギーのメカニズムや起源に関するお話でもあり、非常に興味深いものがありました。精神科の久村先生の歯科心身症に関する話では、座長の斎藤先生や会場から多くの疑問質問が投げかけられ、エキサイティングでした。最後の斎藤一郎先生によるまとめ的な話では、知識の整理と、またもっと積極的にドライマウス患者にアプローチしていく必要性と可能性を考えさせられました。

 この日はその後、約束してあったモリタのショールームに行きました。というのも、ここのところそろそろ、いよいよ、CTの購入を実際問題として考えようと思い始めており、いくつかのメーカーを回ってみようと思っているからです。有明の国際展示場前、ワンザ有明内にあるショールームは遠かったのですが、さすが歯科のトップメーカーだけあり、立派なショールームに結構お客さんがおりました。たっぷり1時間以上、狙っている機種についてお話を伺ってきました。

2009年7月22日 (水)

木下先生ペリオ講演会

 7月9日(木)午後3時、伊勢崎佐波歯科医師会学術講演会があり参加しました。この講演会は衛生士も対象だったので、うちではこの週木曜日、土曜日各半日診療とし、当日は皆でランチをしてから聴きに行きました。
 講師の木下先生は母校の歯周病の教室に残った後、現在は歯学部口腔保健学科の教授をされています。口腔保健学科とは、以前の歯学部付属歯科衛生士学校で、大学の学科となって4年制になっています。私より数年下の学年ですが、私が在学中に習った歯周病の木下教授の息子さんで、新進気鋭の先生です。昨年の秋、東京医科歯科大学歯学部同窓会主催のCDE(卒後の講習会)の歯科衛生士のコースに、うちの衛生士を行かせました。

 演題は「歯科医師と歯科衛生士による、チーム医療としての歯周基本治療」ということで、特にSRP(スケーリング・ルートプレーニング)についてその理論から実技、道具にいたるまで具体的に話されました。歯周基本治療とは、ブラッシング指導、歯石除去、歯面研磨、ルートプレーニング、咬合調整などの非外科的な処置からなり、歯周病のほとんどは基本治療により治癒するといわれています。外科処置や再生療法などの華やかな(?)治療に比べると地味な部分ですが、最も重要な処置群だといえます。この多くを担っているのが、歯科衛生士さんたちです。木下先生の講演は、とっても的確にポイントを押さえたもので、新しいこともありましたが特に基本的な知識の再認識という意味で非常に良かったと思います。事前に集めた質問への答えが織り交ぜられた講演でしたが、歯周治療に関してなんとなくモヤモヤとしている部分をとってもシンプルに、クリアに説明していたと思います。もっとも、わたくし的には例によって母校の先生の話しであるがゆえに、自らの臨床との比較も含めて違和感なくストンと入って気持ちが良かったのかもしれませんが。「現実に日常であんな風に治療できるのか」とおっしゃっていた先生がいましたが、私は「やっている」といえます。また細かい指導を飽きずにやってくれるうちの衛生士と、熱心にブラッシングをしてくれる患者さんに日々感謝、感心しております。

2009年7月 5日 (日)

ソフトティッシュマネジメント講習会

 6月14日の講習会は、インプラントのメーカーであるノーベルバイオケアによるもので、審美やマイクロスコープの世界で名高い鈴木真名先生による講演でし た。ソフトティッシュマネジメントとは、簡単に言うと歯やインプラントの周りの歯肉の取り扱いのことです。
 歯やインプラントは顎の骨にしっかりと植立している ことがまず重要ですが、それに劣らず周辺の歯肉の状態も大切です。口の中の粘膜には頬や舌の下のように引っ張ると動く部分と、歯の周りや口蓋のように骨に しっかりとくっついている部分、すなわち付着歯肉があります。そして歯やインプラントの周りには一定の量のこの付着歯肉があることが望ましいとされています。もちろん天然歯に関しての事のほうが長いこと研究されているのですが、厳密に言うと絶対に無くてはならないものではないが、あったほうが健康が保たれ易い、無い状態では非常に注意深いプラークコントロールが必要である、ということです。そのため、あるグループでは付着歯肉を作る手術が積極的に行われ、またあるグループではプラークコントロールを厳密に行う、という臨床的な違いが見られます。

 もともと必ず手術的な手技を伴うインプラントでは、その際にできるだけこの歯肉を保つ、作ることが重要になります。具体的には、インプラントを植立する部分が歯肉の中だった場合、それを保存してインプラントの周りに残るようにする、そうでない場合はいつかの時点で歯肉や他の組織を移植してこれを作る、ということです。

 インプラントの先生の中には外科系、補綴系、歯周治療系の3系統の先生がいらっしゃるのですが、歯肉の細かいことに関してはやはり歯周治療系の先生が得意とするところです。そして、これまで骨を作るダイナミックな手技についてはずいぶん語られてきましたが、ソフトティッシュの扱いについては比較的最近注目されている部分だと思います。というのも移植や人工材料で苦労して作った骨が、けっこう吸収してしまうものだということがわかってきたこと。またそれを保つために歯肉の厚さや健康が重要であることが言われてきている事があるのだと思います。

 今回の講習は、主に結合組織移植という手術についてのものでした。これは上記のような歯肉を増やすための手術のひとつで、口蓋部等から上皮の下の組織を移植して持ってくるものです。鈴木先生はそれをマイクロスコープを用いた非常に繊細な手術で行っています。模型によるデモや手術ビデオを交えた丁寧なご講演でしたが、ひとつ安心したのは、細かいことをとってもゆっくりやっているということでした。一般的に外科手術においては、外気に触れることによる組織の損傷を少なくするために「速さ」が重要な要素のひとつとされています。しかし細かい仕事はゆっくりでも丁寧さが大事だと強調されており、神業のようなすごい速さで細かいことをやるのでは、と思っていた私としてはホッとした次第です。

2009年7月 3日 (金)

補綴学会2009

 今年も6月6、7日と、日本補綴歯科学会学術大会に行ってきました。今回は大阪大学の主幹で、会場は京都国際会議場でした。金曜の診療が終わってから、新幹線を乗り継いで京都駅まで行きましたが、確か前回名古屋に行ったときなどは金曜夜の東海道新幹線は出張か、単身赴任帰りか、混んでいるなという印象でしたが、今年はガラガラでした。ちなみに帰りもずいぶん空いていたのですが、やはり景気が悪いことと、関西方面の新型インフルエンザ、それに休日高速道路1000円の影響でしょうか。
 さて、毎年まじめに聴くと非常にしんどい補綴学会ですが、今年も新しい企画として「早朝ミニレクチャー」という講演が2日とも設定され、予め申し込めば朝8時から軽食付きで、各3人関西地方の著名開業医の講師の先生から選んで聴講することができました。さすがにあんまり参加者はいないだろうなと思いながら1日目は茂野啓示先生、2日目は中村公雄先生のレクチャーに参加しましたが、いずれもほぼ満席で、参加者の熱心さというか、もしかしたら食べ物目当てかな、などと思いながら驚きました。

 1日目は午前中まずしばらく通常の学会発表があり、それを複数会場はしごしながら聴きました。いつもながら玉石混交というか、思わぬ視点から興味あるものもあればずいぶん詰めが甘い研究もあるのだなと思いました。特に補綴学の扱う対象はたとえばペリオなどと比べて研究を単純化しにくいというか、臨床に即せば即すほど複雑系になってしまい、明快な結果が出にくいのだと思います。見ているとむしろ「科学」であることをかなぐり捨ててしまう方が、新しい一歩を踏み出せるのではないかとも思うのですが。午前の最後に、側方ガイドに関するミニシンポジウムがありました。

 昼はランチョンセミナーでまたただ飯を食い、午後は海外特別講演、シンポジウム、臨床スキルアップセミナーと夜7時まで続きます。海外特別講演はアメリカの顎機能異常の権威として有名なオケソン先生のレクチャーですが、何と通訳なしで途中で着いていけなくなり、わかったようなわからないような。今や研究者としてはこの程度の語学は当然なのでしょうか。またシンポジウムはブラキシズムへのチャレンジということでしたが、これが今回の学会でもっともエキサイティングなものでした。

 夜終わったときはフラフラでしたが、誰か知ってる先生がいたら一緒に食事へ、などと思っていたのですが、今年も結局会えずじまい。一人寂しく京都の町に向かい、予め調べてあったレコード店に行ってみました。河原町の場末のさびれたレコード店で、その近くの食堂で夕食をとり、しばらく背表紙が光焼けしたCDを眺めました。一応2枚ほど購入し、バスで宿に向かいましたが、そこからしばらく行った盛り場のにぎやか華やかなこと、大失敗だと後悔しながら宿に向かい、寝ました。

 2日目も早朝からセミナー、診療ガイドライン作成部会報告「ガイドラインを臨床に生かす」、医療委員会報告「歯周病と補綴歯科治療」、理事長講演、ミニシンポジウム2「無歯顎症例に対するインプラント・・」、ランチョンセミナー、特別講演「食べるということ」、と講演の連続。意識があったり意識をなくしたりの繰り返しで、年々残るものが断片的になってしまいます。この中でガイドラインに関して、地味で歯科全体にはあまり知られていない活動ですが、補綴専門医が拠って立つところというか、補綴学会が社会に発信する根拠というかになる大事なものだと思います。

 これらすべての学術大会プログラムの後、別立てで「専門医研修会」がありました。補綴専門医の認定あるいは更新のための研修ですが、今回「この症例にこの補綴処置」という演題で、すれ違い、下顎総義歯の吸着、上顎シングルデンチャー、有床義歯のインプラント、という4つを取り上げ、4人の先生が話されました。特に2、3番目にそれぞれ総義歯で有名な阿部二郎、鈴木哲也両先生が話され、何か対決があるかと期待しましたが、そうでもなかったです。ようやく午後5時にすべてのプログラムが終了しました。

 さて今回も母校の先生や同級生に会えるのが楽しみだったのですが、今年はなかなか見つかりませんでした。それでも昨年医科歯科の総義歯の教授になった水口先生、私の2年上で大学のオーケストラでも一緒だったのですが、先生としばらくお話しできたのは一番の収穫でした。また教室の1年上の秀島先生とも会えました。顔を見かけたものの忙しそうで通り過ぎてしまった先生や来ているはずなのに発見できなかった先生もいて残念でした。

 残念といえば、今回は漠然と購入を考えているCTの企業展示を期待していたのですが、不景気を反映してか展示のしょぼかったこと。CTどころか大きな機械はぜんぜん来ていない感じで、非常に寂しいものでした。

 今回は会場が京都ということで、少しくらいは途中で抜け出してお庭でも見てこようと思っていたのですが、そこまでの元気も無く観光地は横目で見ながら素通りで残念でした。約20年か、非常にしばらくぶりの京都でしたが、駅をはじめとしてずいぶん華やかになった感じでした。また最寄り駅から3時間余りで行けるということを改めて確認し、今度は遊びに来ようと固く誓ったのでした。

2009年6月26日 (金)

怒涛の6月

 毎年大体そうなのですが、今年も嵐のような6月がやっと終わりに近づきつつあります。6月といえば歯科にとっては6月4日を中心とした「虫歯予防」の月、それで忙しいのが普通ですが、私にとっては「学会」と「音楽」の月なのです。今年はそれが日曜にずっと並んで、というか自らそう予定を入れたのですが、ずっと休み無しなのでした。5/30午後・31 Pacific Osseointegration Conference、6/6・7 日本補綴歯科学会、 6/14 インプラント周囲のソフトティッシュマネジメント講演会(鈴木真名先生)、6/18 保育所健診、 6/21 前響楽芸会、6/25 群馬県歯科医学会役員会と公開講座 というわけです。

 5月30・31日のPOCは、一昨年に続き第2回、日本におけるブローネマルクインプラントの草分けである小宮山先生らが立ち上げた学術集会です。第1回目の報告は以前のブログをご参照ください。今年は、その普及に伴い急速に問題点が噴出しつつあるインプラントの現在に焦点を当てた、実にタイムリーなテーマ設定でした。というか、もともと設立の趣旨のひとつが安易なインプラントへの警鐘ということでありました。私は土曜日を一日休みにするわけにはいかず、午後からの参加でした。一昨年に比べて若干焦点の広がった内容という印象でしたが特に最後のディスカッションでは有益な議論が聞かれました。

 補綴学会とインプラント周囲のソフトティッシュマネジメント講演会、楽芸会は別項で報告します。6月18日(木)は嘱託医として担当している花の森保育園の歯科健診でした。今年はほぼ健診のみでしたが、同じ年齢の子が同じように並んで検診を受けても、口のあけ方、態度、おしゃべりなどみな個性があり、いつも大変面白く診させてもらっています。どうしても診療椅子と違い若干暗い状況での健診であり、見落としやなかなか判断のつかないところもありますが、最後のお話で言ったようにこれが自分お口の中に関心を持つ機会になってくれればと思います。

 本日6月25日(木)は群馬県歯科医学会の役員会、総会、特別講演でした。群馬県歯科医学会は歯科医師会とは別組織の学会で、歯科医師会会員の約半数が入っています。今年から伊勢崎佐波地区の幹事として、役員に名を連ねることになりました。はっきり認識していなかったのですが、学会が発足してもう13年だそうです。これまで特に熱心な会員ではなかったのですが、これも何かの縁だと思います、微力ながら働いていきたいと思います。

 その特別講演は、明海大学の補綴の教授である藤沢政紀先生による「顎関節症治療から学んだ補綴臨床の注意点-さまよえる患者を診る、知る、そしてつくらないために-」でした。非常に臨床に即した、どちらかというと歯科心身症的なお話と、顎関節症については特に復位性・非復位性関節円板前方転位に対する治療の変遷等について話されました。最初に講師自身がおっしゃっていたように系統だった話ではありませんでしたが、症例を通じて、われわれ歯科医師の患者に対する姿勢、治療や病態というものに関するかかわり方を改めて考えさせてくれ、謙虚かつ真摯な取り組みが必要なことを強調したお話でした。そしてそれは私自身の普段考えている診療姿勢にとてもフィットするものであり、聴いていてスッと入ってくるご講演でした。

2009年6月11日 (木)

総合力のパーシャル その5 さまざまな義歯

 さて、現在作られている部分入れ歯のほとんどのものは、ここまで述べてきた「クラスプ義歯」だと思います。すなわち、クラスプ(鉤)といわれる「ばね」を残っている歯にかけて、義歯を定位置に固定する方法をとるものです。健康保険で作ることができる義歯はこの方式の義歯だけなので、必然的にクラスプ義歯が最も一般的だと思われます。
 しかし、健康保険の縛りを解き放つと、すなわち自費で治療させていただけると、部分入れ歯は非常に多様な、そして最適な義歯を作ることができます。保険の範囲内でもクラスプ(ばね)の種類や配置を変えることなど、多様な設計が可能でそれによって義歯の性能は変わります。しかしクラスプの本質的な性質上、どうしても義歯の動揺を完全に抑えるのは困難です。義歯の動きは義歯を入れた時の違和感の大きな原因であり、また残っている歯や顎の骨の保存に悪影響があります。

 これを解決する一つの方法が、アタッチメント義歯やコーヌス・テレスコープ義歯です。アタッチメントとは、義歯を支えるための機能を集約した小さな部品のことで、口腔内に残る部分と義歯に残る部分がぴったりと結合するようになっており、その中に小さなばね構造や摩擦によって力を発揮する構造をもっています。義歯の設計上必要な場所の歯や歯根にアタッチメントの口腔内部分を付けた冠などを装着し、それによって義歯を定位置に支えます。必要な機能を発揮する形態として設計されているため、通常の義歯に比べて動揺や歯に与える為害性は少なく、また何といってもばねが見えず異物感も少なくできる利点があります。さまざまな種類のアタッチメントがありますが、既成のものは摩耗や変形を防ぐために硬い白金加金で作られています。また一部には交換可能なプラスチックやゴムの部品を用いているものもあります。また既成のプラスチックの型を使用して鋳造して作るものもあります。当院では根面板を用いたスタッドアタッチメントのひとつであるOPアンカー、バーアタッチメントのCMライダー、また歯冠外のスライドアタッチメントであるミニSGなどを用いています。

000082_20080603_0011 000082_20080603_0004

 左の図はミニSGを用いた義歯です。口の中の歯列の最後部2ヶ所に突起が出ています。これが義歯側の凹部(赤いプラスチック製の部品が見えるところ)にピッタリとはまり込んで、義歯が固定されます。

 

 コーヌス・テレスコープとは二重冠を用いた義歯の維持、支持方法です。残っているすべてあるいは一部の歯を削り、円筒に近いテーパーを持った冠をかぶせます(内冠)。それに対して精密にはまりこむ冠(外冠)を作って取り外すほうの義歯の一部に取り込み、この両者がピッタリとはまることで義歯が固定されます。製作は大変ですが、部分入れ歯と残った歯を一体のものとして固定するという「リジッド・サポート」という優れた考え方に最も合致した方法のひとつです。そのため、義歯の機能としても残った歯を長持ちさせる性能としても、非常に優秀な方法です。

000076_20071031_0003_2

000076_20071031_0004 000076_20071031_0006

 いずれも模型上の写真ですが、上顎の前歯部欠損に対し、ほとんどブリッジ(固定性の義歯)に近い状態で適用した例です。真ん中のような内冠を削った歯にかぶせ、これに右側のように精密に適合する外冠がついた義歯をはめ込みます。左側が装着したところです。 

 ところで、最近一部で「柔らかい入れ歯」がもてはやされています。これには2種類あって、「全体の構造は硬い入れ歯の、粘膜に接する部分だけを柔らかい樹脂で作ったもの」と、「全体を柔らかい樹脂で作り柔軟に曲がるもの、さらにはクラスプ等も柔らかい樹脂で歯肉を覆うようなもの」です。前者はどうしてもあごの粘膜が薄く、「当り」が残ってしまう患者さんには有用な方法です。しかしほとんどの患者さんには必要ありません。ただし後者は、まったくダメな、有害な義歯と考えます(補綴学会の見解は http://www.hotetsu.com/j/koushin/090309.htmlを参照)。一時的には快適に思えることがあるようですが、残った顎や歯に方向の規定されない強い力が働くことで、大きな害があると予想されます。基本的に義歯の全体構造は、剛性を高める(曲がりにくくする)ことをずっと目標として作られてきた歴史があり、それには理由があるからです。このような「ノンクラスプデンチャー」を勧める話には要注意です。

2009年5月 7日 (木)

総合力のパーシャル その4 部分入れ歯の作り方

 それでは具体的に、部分入れ歯の治療手順について説明していきたいと思います。なお、ここではもっとも普通なクラスプ(歯に懸けるばね)を使った義歯を仮定します。

前処置(保存的) :一般的に部分入れ歯を入れなければならない状況に陥ったということは、これまでの口腔内の環境が悪くそのために虫歯や歯周病で歯を失ったということです。したがって、現在残っている歯やそれを支える歯周組織の状態も問題がある場合がほとんどと考えられます。そのため、まず今ある歯で残せる歯と残せない歯を見極め、残す歯を失わないための処置ともう駄目な歯を抜く処置が必要です。具体的にはブラッシング指導や歯石除去をはじめとする歯周治療、虫歯や根の治療、虫歯に対する予防処置などですが、状況によっては非常な時間と手間がかかる場合もあります。また患者さんのこれまでの経過や先々の予測、ご年齢や治療に対する希望、最終的な義歯にするのか総義歯までのつなぎか、等々の理由によって、ほとんど悪い状態のまま部分入れ歯を作ることも少なくありません。

前処置(補綴的) :保存的な治療をした残存歯について、必要な場合は固定性の補綴をします。つまり維持装置(ばね等)が能率よく働くために理想的な形の冠をかぶせたり、維持装置によって力がかかる歯の補強のために連結したりします。また、欠損(歯のないところ)が複数個所ある場合、可能な場所は固定性の義歯(ブリッジ)で補綴し、必要なところだけ部分入れ歯を作ることにより、部分入れ歯の形がシンプルになります。これらの前処置は部分入れ歯にとって非常に大切で、これが部分入れ歯の性能や予後を左右するといっても過言ではありません。

概形印象とスタディモデル :前処置の前に作る場合もありますが、口腔内の状態を診査するために型をとって模型を作ります。これにより個々の歯や歯列、歯の並び方、咬み合わせ、欠損の顎、等の状態をよく見て、大まかな設計を考えます。

個人トレー :多くの場合、このスタディモデルを使い、レジン(アクリル樹脂)で「個人トレー」を作製します。部分入れ歯の場合、歯はできるだけ忠実に、歯の無い顎の部分は形を「作って」、また必要に応じて圧をかけて型を取る必要があります。そのため、歯の部分は印象材の厚みを確保し、あごの部分は接するようにるため、個人トレーは複雑な形になります。

精密印象と作業模型 :個人トレーに印象材(型取りの材料)を盛って、実際に義歯を作るための型をとります。まずトレーを合わせ、口腔内で運動をさせて削ったり材料を盛り足したりして、周囲の形を決めます。印象材は当院では若干高価ですが基本的にシリコーンラバーを用いています。歯の状態等により(抜けてしまいそうなが場合など)、アルギン酸印象材を用いることもあります。このようにして取った型に石こうを流し込み、作業模型を作ります。これがすべての仕事のもとになる大切な模型です。

咬合採得と咬合器 :咬み合わせを記録する作業です。模型上でレジンにより仮の義歯床を作り、それにワックスなどをつけて、患者さんに咬み合わせてもらいます。ワックス等の材料に歯などの圧痕がつき、それを用いて上下の模型の位置関係を再現し、咬合器という顎の運動を再現する道具に模型を装着します。部分入れ歯の場合患者さんの上下の歯の残り方により、咬合採得の難しさは全く異なります。残っている歯で咬み合わせがきちんと決まっている場合、これらの仕事も必要なく上下の歯の間にワックス一枚を咬ませるだけで済む場合もあります。しかし残っている歯の数や状態により、装置がずれたり咬み癖が出たりして、むしろ総義歯よりも難しい場合もあります。

技工操作と試適 :ここから本格的な技工の仕事です。部分入れ歯の場合、維持装置などのための金属の仕事と、床の部分のためのレジンの仕事があります。また歯に接する装置は特に精度が必要です。通常まず人工歯を仮に並べて患者さんの口の中で歯並びや咬み合わせの可否を確認します。その後金属の構造を作り、最後にそれをレジンの中に埋め込むように作り上げます。しかし金属床義歯や特殊な義歯の場合、ステップの順番が異なったりより多くの段階を踏んで作らなければならない場合もあります。

装着と経過観察 :完成した義歯を口腔内に装着します。多くの場合どうしても歯と粘膜の性質の違いによる誤差や、きつさゆるさ、装着方向の違いなどにより、部分的に削ったり咬み合わせやばねの調整が必要です。また患者さんに着け外しの練習もしてもらわなければなりません。こうして装着した義歯はその時があくまでも「始め」であって、それ以降できるだけ長い時間良い状態を保たなければなりません。そのため、まず初期の何度かの調整、次いで中期の経過観察、さらに長期の観察がどうしても必要です。基本的に初期の調整が終わってから半年ごとに拝見しますが、患者さん自身が調子良いと感じていても、ずいぶん合わなくなっている場合もあります。その際は必要に応じて、咬み合わせの調整、維持力の調整やリベース(床の裏側にレジンを足して合わせること)を行います。

2009年3月15日 (日)

総合力のパーシャル その3 

 さて、パーシャルの難しいところはどこでしょう。確かに例えば総義歯に比べ、パッと型を取って残った歯にバネをかけて作れば、それによって落ちてこない、ある程度安定した入れ歯はとりあえず入れることが出来ます。またケースによってはまさにそう言える安易なものもあります。しかし補綴物の重要な条件である「残存組織にできるだけ害がない」ということ、つまりバネをかけた歯が悪くならず、さらに歯のない部分の顎ができるだけ減らないような入れ歯を実現することは、非常に難しいことです。
 また、歯の残り方によってはとりあえず入れるだけでもかなり難しい場合もあります。残った歯の状態や分布によっては入れ歯を落ち着かせることも難しい場合もありますし、また残った歯を頼りにして噛もうとする為、咬み合わせがよく分からなくなる場合もあります。

 なぜこのような難しさがあるかいえば、パーシャルはそれを支えるものとして「歯」と「顎提粘膜」という全く性質の異なる2つのものを相手にしなければならないからです。この2つのものによってパーシャルは噛む力を発揮したり、口の中に固定されたりし、また2つのものがあるために虫歯にも歯周病にも粘膜炎になったりするわけです。

 またパーシャルの装置それ自体を考えても、複雑な形態になることや取り外しをしなければならないことによって、製作の困難さ、精密性の要求、強度的な弱点、汚れやすさ等が発生します。歯がないところを補う部分、すなわち床の部分は出たり引っ込んだり、人工歯は凸凹に並ぶことも多く、またクラスプ(バネ)などの維持装置は歯に精密に合っていなければなりません。

 これらの中でも最も厄介なこと、それは快適に使えるかという短期的な目でも、長持ちするかという長期的な目でも難しいことは、「力の配分」の問題です。口の中に入れた義歯には様々な力がかかりますが、それらはおおむね「咬む力」と「外れる力」と「動かす力」の3つに分けられます。固定式の補綴物ではこれらはすべて歯によって受け止められます。また総義歯では「咬む力」は顎提によって、その他の力は(頼りないものの)周辺の筋肉や吸着力によって荷われます。しかしパーシャルではこれらが歯と顎提(歯のない顎)という性質の異なるものに分配しなければならないため、複雑なことが起こるわけです。

 歯は歯根膜というクッションを介して顎の骨にしっかりとくっついており、健全な状態ではその動きはごく小さいものです。それに対し、顎提は柔らかい粘膜で覆われており、その上に載せた義歯は大きく沈み込んだり動いたりします。義歯が外れないようにするバネなどの装置は歯にかけるため、動かない部分と動く部分が連結され、状況によっては歯や顎提にダメージを与えてしまいます。さらに長期的には顎提の骨がだんだん減っていったりするために、さらに変化がおこってきます。

 このような条件の中で、入れたときにきちんと噛めて、できるだけ残った組織に害を与えないように作るような設計を行わなければならないのです。

2009年2月 6日 (金)

総合力のパーシャル(早くも番外編) 五十嵐教授講演

 まだ書き出したばかりのこのシリーズですが、早くも番外編です。昨日(21年2月5日)、伊勢崎佐波歯科医師会の学術講演会で、東京医科歯科大学の部分床義歯の教授、五十嵐順正先生のご講演がありました。演題は『パーシャルデンチャー「部分床義歯を再考する」~保険義歯でもここまでやろう~』、ということでまさにパーシャルの話しでした。

 五十嵐先生は現在東京医科歯科大学の部分床義歯の教授ですが、医科歯科卒後第1補綴(部分床)に残られ助手を務められた後、昭和大学助教授、松本歯科大学教授を経て平成18年から母校の教授となられました。ちょうど私が学部、大学院、医員、助手と在籍中に重ならなかったので直接のお付き合いは無かったのですが、主なご研究の分野が私の顎補綴で研究していたテーマと非常に関係するため、論文を読ませて頂いたり学会発表でよく知っておりました。

 昨年夏講習会に行った鈴木哲也先生もそうでしたが、今回も同じ大学の補綴の先生のお話であり、とっても安心して聴いていられるというか、納得して聴いていられる講演でした。といっても新しいことがなくて意味がないということでは全くなく、断片や感覚として漠然と頭にある知識や技術が、すっきりと整理されてストンと収まった非常にいい感じです。

 部分床義歯の歴史は長いもので、その基礎となる考え方としていろいろなコンセプトがこれまでに現れ、流行してきました。しかし様々な研究の集積から現在のパーシャルデンチャーのオーソドックスな考え方は大体固まっています。まず大きな課題である力の分配の問題としてはリジッドサポートといわれるもの(後のシリーズで説明予定)、設計の基本的な処置方針としては「動かない」「汚れない(汚さない)」「壊れない」義歯という3点が挙げられました。またそれを実現するための大きなポイントとして、残存歯の前処置が非常に重要であるということでした。

 しかしそれを実際の臨床で実現するのは、特に「保険」という制約の範囲内では簡単ではない。ただそれは不可能なことではなく、その具体的な方法も示されましたが、先生がいみじくもおっしゃった様に「ここまでやる根性があるかどうか」が鍵だとまさしく思いました。

 自分の臨床を顧みるに、特に床義歯系の補綴に関しては知識と技術はソコソコのレベルではあると思います。しかしそれをフルに活かしているかといえば、印象法、咬合採得、使用材料、設計等、かなり「根性」のある事をやっていると自負してはいるものの、まだまだ「ひと根性」加える余地があるということを昨日の講演で教えられました。今後も患者さんの利益と自分の臨床をレベルアップするように、精進していきたいと思います。

 講演会終了後に講師を囲んでの懇親会がありました。直接の接点はない私でしたが、先生はとってもフレンドリーな方で、いろいろと親しくお話をさせていただきました。特に当院のHPをご覧になっていたということには驚きました。やたらな事は書けないナと思っております。

2009年2月 5日 (木)

総合力のパーシャル その2 部分入れ歯の構造

 それではまず、基本的な「部分入れ歯」の話しから。部分入れ歯とひとことで言っても、歯が一本の義歯からほとんど総入れ歯に近いもの、前歯の入れ歯、奥歯の入れ歯、千差万別で、どこから説明してよいのか迷います。まず共通する部分というか、部品に分けることが出来るので、それを説明しましょう。まず失った歯の代わりになる「人工歯」、人工歯を支えるピンク色の「床」、そして入れ歯が落ちないようにするための「維持装置」です。Photo_2

 「人工歯」はまさにその名の通り、人の実物の歯に似た形をした人工の歯です。人の天然の歯は各個人によって大きさ、形、色など異なるので、人工歯も多くの種類があります。総義歯の場合かなり自由に、そろえて歯を並べることが出来ますが、部分入れ歯の場合残っている歯に、見かけも機能的にも調和するように並べなければりません。

 「床(しょう)」はこの人工歯を支持し、また人工歯に伝わったかみ合わせの力を顎提(歯のないあごの部分)に伝えます。さらに歯を抜いたあとに減ってしまった歯茎の部分を補うことで、唇や頬を内側から支え、また口の中の余分な空間を埋めます。基本的には歯肉の色のアクリル樹脂で作られますが、骨格に金属を用いる場合もあります。

 「維持装置」はいわゆる入れ歯のバネで、装置全体が所定の位置にしっかり収まり、外れたり動いたりしないようにするものです。普通の部分入れ歯では、歯を表・裏から2本の「腕」で囲むような形のバネ(クラスプという)が用いられます。これは針金を曲げたり、金属を鋳造(鋳物の方法)して作ったりします。その他にアタッチメントという精密な部品や、コーヌスクローネといって二重にした冠を用いる場合もあります。いずれもただ歯に引っかかって入れ歯を落ちない様にするだけでなく、義歯にかかる様々な力を適切に残った歯に伝えることが重要です。どのような装置を用いるか、またその配置などの設計はわれわれ歯科医師の腕の見せ所であり、それが義歯の作成当初の具合のみならず義歯と天然歯の寿命に大きく関わってきます。

 これら以外に、床や維持装置を連結する金属部分のパラタルバー(上顎)・リンガルバー(下顎)、フックやレスト等の補助的な維持装置など多種多様な部品を組み合わせて、部分入れ歯は出来ています。