2007年3月20日 (火)

私のインプラント事始めその6

 このような状況で、まだまだ初心者ながら1歯欠損の臼歯から遊離端ケース、審美の要求される前歯から無歯顎までの様々なケース、骨移植、GBR、ソケットリフト、傾斜埋入、オール・オン4、など様々なテクニックを経験する事ができ、ひととおりの状況には対応できる自信が何とかついてきました。これも、我ながらずいぶん集中して勉強した事と、遅くなって始めた事によってむしろこれまでのベーシックな臨床力が役に立っているのではないかと考えたいです。
 さて、ある程度ケースを蓄積してくると、あらためてインプラントの威力をひしひしと感じています。これまで苦労して歯を残し無理をしてブリッジを作ってもあっという間に壊れたり、どうしても義歯が安定しなかったり、大きな義歯床の違和感に悩まされたり、どうしようもなかった事をいとも簡単に解決してしまう場合も少なくありません。整理すると残存歯の犠牲を払わずに補綴できる事、(すれ違い、無歯顎を含めて)遊離端を解決できる事が最大の利点です。そして残念ながらインプラント適応の2つのハードルは、技術的なことよりも経済的な問題と、手術に対する恐怖感だと思います。

2007年3月14日 (水)

私のインプラント事始めその4

 さて、ここで一度後戻りになりますが、私が大学に残っていた当時、すなわち今から約20年位前の状況を記したいと思います。医科歯科大学は比較的保守的だったと前に書きましたが、ブローネマルクのシステムが広まってきつつある当時、大学では第2補綴(クラウンブリッジの講座)の一部で、アパタイトインプラントの研究が行われていました。小木曽先生という方が中心になって行っていたのですが、毎年何人かの大学院生が論文を上げており、活発な活動を行っていました。第2補綴の主流派は昔から顎運動、咬合の研究チームで、大学の中でも最もアカデミックというか、誇り高き先生方がいらっしゃるところでした。その中でインプラントをやっていた人達は、小木曽先生がけっこう独特のキャラクターだった事もあいまって、異端扱いされていたのではないかと思います。また教室の外でも、面白く思っていない人も多かったようです。
 私の事情を書くと、卒後顎口腔機能治療部といって顎顔面補綴の部屋に残ったのですが、主任の大山教授は当時インプラント否定派でした。私たちの教室はまだ歴史が浅く、大学院生も私が6人目でしたが、これまでの研究テーマは顔面補綴の彩色に関すること、軟質裏装材に関すること、口蓋裂の補綴に関する事と続き、私は上顎欠損の維持装置に関することを行いました。ところが私の下の大学院生は、うって変わってインプラントのテーマを与えられました。それは生体ガラスという材質を用いたインプラントの基礎研究でしたが、教授は将来的には歯根膜を作ることが可能と考えていたようです。残念ながらこの材質は実用に至らなかったのですが、当時はチタンが実績を重ねる中で様々な材質が試みられていたようです。そんな事情もあって、私自身もどうもインプラント嫌いみたいになっていたようです。

 話を戻して私の同級生で、小木曽グループの大学院生となったのが2人いました。一人はクラブも同じオーケストラで、非常に仲の良かった益田高行君、もう一人はクラスの班が一緒で、やはりよく知っている魚島勝美君です。益田先生は現在も医科歯科の第2補綴に残り、教育に研究に活躍しています。魚島先生は新潟大学歯学部総合診療部の教授となり、これから私の息子がお世話になる予定です。また補綴学会関越支部会でよくお会いする機会もあります。さらにその2年下の大学院生に、前橋の田新歯科医院の石原秀一郎君がいます。石原先生は私の高校の同級生、それも同じクラスで机を並べていた中です。当時はみな動物実験を熱心に行い、アパタイトのインプラントやアパタイトによる顎骨の骨増生の基礎実験など、今考えるとまさに最先端をいく研究をしていました。群馬県にもインプラントを看板にしている有名な先生が何人もいますが、基礎からの本当のオーソリティは石原先生なのでは、と思います。私もインプラントについていろいろと教えていただき、またお互いに医科歯科の補綴関係の講座出身という事で診療の基本的なコンセプトは共有しているので、有意義に情報交換をさせていただいています。

2007年3月12日 (月)

レーザー研修会

 昨日朝から、レーザーの研修に行って来ました。乗った本庄早稲田駅も降り立った上野駅も冷たい雨に強風で頭が痛くなりそうでしたが、何とか不忍池端の(株)モリタにたどり着きました。午前中は「アーウィンアドベール臨床情報交換会」、午後は「レーザー臨床実習セミナー」で、いずれも川口市開業の篠木先生らが講師でした。
 レーザー装置を導入して2ヶ月めになりますが、一通りマニュアルどおりの使用は行ってきたものの応用というかコツと言うか、細かいノウハウやヒントを得るために、また改めてひととおりの知識を整理しようという目的で、受講しました。このレーザーは出力と単位時間の照射パルス数、また出力する先端であるコンタクトチップが様々選択でき、その組み合わせでいろいろな特性が得られます。今回の受講でよりスマートに臨床で用いる事が出来そうです。
 また、あらためてEr-YAG-Laser(エルビウム・ヤグ・レーザー)の他の波長のレーザーに対する優位性が理解できました。メーカー主催の講習会なのでこのレーザーの安全性や歯科における応用の広さが強調されていましたが、私もレーザーが欲しくて随分前から研究していたなかで、なぜ炭酸ガスレーザーが最も普及しているのか疑問で仕方なかったのでした。

2007年2月28日 (水)

私のインプラント事始めその2

 最近10年、あるいは5年くらいの幅で、インプラントの進歩は著しいものがあります。基本的な材質や形態は同じですが、細かい表面の加工や、細部の形態、埋入や骨増生の術式などに改善が加えられ、単に噛めるだけではなくより美しく機能的な結果が得られるようになっています。またインプラントのメーカーも星の数ほど(?)増え、様々な製品が巷にあふれています。その1、のような理由で遅れながらも、ちょうどこのような時期に実際に始めたことは、結果的にはいろいろな情報を得る事もでき、よかったと思っています。
 インプラントの治療を始めるには、現在では卒前教育にある程度取り入れられてきているようですが、私たちの立場ではある程度体系的に学ばなければなりません。インプラントのメーカーなどの主催で実習を含んだ講習会がいろいろと開かれています。模型で説明するだけのものから実際の患者さんのオペを見せるものまで、また時間数も様々なものがあるようです。私は東京医科歯科大学の同窓会主催で、現在昭和大学で教えていらっしゃる尾関先生の講習会に最初に参加しました。尾関先生は私が在学中に、もともとは口腔外科にいらっしゃった先生で、当時もお世話になりました。その後ブローネマルク発祥のスウェーデンに留学し、直接本場のインプラントを学んできた方です。現在は昭和大学の補綴の助教授をされています。この講習で豚の骨を使った実習などもみっちり行い、ブローネマルクシステムで比較的古典的な手法を学んできました。

2007年2月26日 (月)

私のインプラント事始めその1

 先週の金曜日、また1例インプラントのオペがありました。以前書いたように、ちょうど緊張感が途切れないような感覚で埋入させてもらっています。また、上部構造(顎の骨に埋めたインプラントに結合し、実際にかみ合わせる歯)を作る前で仮歯の状態の方なども何人か同時に抱えており、おかげさまで様々な型の症例に取り組んでいます。これからしばらく私のインプラントに対する考え方などを書き留めたいと思います。
 現在主流であり圧倒的に信頼性の高いインプラント(円柱又は円錐形態でチタン製)はブローネマルク先生が始めたもので約40年の歴史を持っています。それ以前も骨膜下インプラント、ブレードインプラント、サファイアインプラントなど様々なものがありましたが、予後は短く確実性のないもので、歯科の中である種「眉唾もの」と見られていました。私が大学に在学し、卒業した頃すなわち20年ほど前は、じわじわと現在のかたちのインプラントが浸透してきた頃ですが、それ以前の経験から大学内でもまだまだ慎重な見方が多かったと思います。医科歯科大全体としても比較的保守的であった事、また私が残った教室の教授は歯根膜の機能を重要視する意見だった事などから、私も当時はまだまだ特殊なものと考えていました。
 大学院を終えて1年間教室に残り、その後群馬に帰ってきたわけですが、雑誌や学会の動向からインプラントがかなり広がってきた、進化してきたことは分かっていましたが、どちらかというとスペシャリストが行うものという考えで過ごしてきて、通常の治療の腕を磨く事に専念してきました。そして歯周病や義歯や補綴や外科など、いろんなことをかなり極めた人が、インプラントを行う資格があるのではと漠然と思っていました。
 ところが何年か前のある日、歯科助手対象の講習会で補綴の講義の準備をしている時だったと思います。当時親しかった若手の先生が「コーヌス(義歯の一種)の印象の仕方ってどうするのでしょうか」などと聞いてきたのです。その先生は毎年かなりの数のインプラントを行っている先生でした。聞かれたことは私には常識と思えるような、卒後すぐに習得した事だったので、ある意味非常にショックというか、「なーんだ、こんな感じでインプラントをやっているのか」という感じでした。
 それまでも手持ちの義歯、歯周病、根管治療などの技術で何とか噛める様に、歯を保存するように、患者さんの満足が得られるように努力してきましたが、どうしても無理ある症例があり、また1本でもインプラントを用いたら飛躍的に改善するのに、という症例がたくさんありました。したがって資格があるなら取り入れたいと思っていたのですが、前述のようにまだまだそれには私は未熟では、と躊躇していたのです。それが、前述のエピソードを機会に本格的に取り組んでみようと踏み出したのです。

2007年2月20日 (火)

医院だよりを印刷しました

Dscf0013 HP管理人 荒木田です。

 荒木田歯科医院では、不定期ではありますが、診療の内容を詳しい説明や、院長の診療方針などを書いた、「荒木田歯科医院だより」を発行しています。これまでは0号から11号まですべて待合室に置いていたのですが、種類が多く場所を取るようになってきたので、1号から10号までを「歯周病とプラークコントロール」という小冊子にまとめ、院長の自己紹介などが書いてある0号と新しく始まった欠損補綴シリーズの11号、「歯周病とプラークコントロール」の3種類を を置くようにしました。 

つい先日印刷したばかり・・・と油断していたら、昨日きれいになくなっていました。治療の順番を待つ間などに、気軽に手にとっていただいているようで、とても嬉しいです。

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 歯科に限らず、お医者さんで聞いた説明というのは、聞いているときには、よく分かったつもりでも家に帰って考えるとよく分からない事だらけ・・・ということはよくあることです。そういう時、医院だよりが院長の考え方や治療方針の再確認など、お役に立てるのでは、と思っています。

2007年2月16日 (金)

インプラント手術

 今年に入って4例目のインプラント埋入手術を行いました。今回は下顎片側3歯欠損のところを、初めてで不安のある患者さんの希望でまず1本だけ埋入しました。もちろん3本いっぺんに手術してしまった方が術者にとっても患者さんにとっても良いとは思うのですが、このような希望も至極もっともだと思います。
 当院ではほぼインプラント専門で行っているクリニックのように毎日というようなペースでオペはありませんが、おかげさまでちょうど習熟と適度な緊張感とのバランスが保てる位の頻度だと思っています。インプラントを初めて3年ですが、かなり一通りの治療はやらせていただきました。この辺の経緯についてはおいおい書かせていただきたいと思っています。

2007年2月15日 (木)

ちょっとショックな一言

 午後に初診でいらっしゃった患者、Aさん。某歯科医院にてあまりにも待たされるので、仕事に差し支えてしまいうちに来たとのこと。ずっと以前に当院にかかったカルテがあり、その後の事を聞きました。お話では、「いろいろな医院にかかったが、なかなか忙しくてすいているところを探してかかっている」という事でした。
 最近けっこう働いているという意識があったので、若干ショック。しかし私の診療体系では、現在くらいの混み合い方でもけっこうアップアップです。こればかりは仕方がありません。お待たせしてしまう患者さん、ごめんなさい! ちなみに、当院の一日の患者さんは25人平均くらい(とは言っても波が大きいのですが)です。

2007年2月13日 (火)

診療後の仕事

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 当院の診療時間は平日原則として6時半までです。最近は夜遅くまで診療されている先生方も多いので、この就業時間は比較的早い方だと思います。また、毎日会社で残業なさっている方は、うらやましいと思われるかもしれません。
 しかしながら私仕事はこれで終わりではありません。夕食後、まず今日のカルテの点検を行います。これはたいていテレビを見ながら(大体テレビ東京!今日は「元祖でぶや」)。そのあと、診療室に降りて「技工」をします。うちは技工士さんはいないので、洗い物や滅菌などの診療準備室の一角が技工スペースになっており、技工机があります。技工士さんがいない割には金属の鋳造機やレジンの重合設備など、一通りの仕事ができる環境になっています。
 というのも、私自身が補綴関係の診療科出身で技工を行うこと自体に抵抗がないこと、また歯科においては診療や研究の アイデアの源泉となると考えること、そして何よりも手を動かすのが好きなことから、ここが私の夜の仕事場、書斎みたいになっているのです。正面の棚には小さなアクティブスピーカが置かれ、CDを聴きながらの夜なべ仕事です。
 最近の歯科界のトレンドでは歯科医師が行う技工などは流行りませんが、補綴においては技工操作の占める比重が大きなことは昔から変わりありません。もちろん技工士さんと完全なコミュニュケーションをはかり、一体となって臨床を行うことも素晴らしい事ですが、時には自ら手を動かして試行錯誤、人工歯の配列を行ったりすることも、大事な勉強のひとつだと思います。
 というわけで、音楽を聴きながらの楽しい残業は10時~11時頃まで続きます。

2007年2月 9日 (金)

ごあいさつ

はじめまして。
荒木田歯科医院ホームページ管理人、荒木田です。

ここでは、ホームページ上ではタイムリーにお伝えできない荒木田歯科医院の日常をおつたえできたら・・・と思っています。どうかよろしくお願いします。