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2007年2月28日 (水)

私のインプラント事始めその2

 最近10年、あるいは5年くらいの幅で、インプラントの進歩は著しいものがあります。基本的な材質や形態は同じですが、細かい表面の加工や、細部の形態、埋入や骨増生の術式などに改善が加えられ、単に噛めるだけではなくより美しく機能的な結果が得られるようになっています。またインプラントのメーカーも星の数ほど(?)増え、様々な製品が巷にあふれています。その1、のような理由で遅れながらも、ちょうどこのような時期に実際に始めたことは、結果的にはいろいろな情報を得る事もでき、よかったと思っています。
 インプラントの治療を始めるには、現在では卒前教育にある程度取り入れられてきているようですが、私たちの立場ではある程度体系的に学ばなければなりません。インプラントのメーカーなどの主催で実習を含んだ講習会がいろいろと開かれています。模型で説明するだけのものから実際の患者さんのオペを見せるものまで、また時間数も様々なものがあるようです。私は東京医科歯科大学の同窓会主催で、現在昭和大学で教えていらっしゃる尾関先生の講習会に最初に参加しました。尾関先生は私が在学中に、もともとは口腔外科にいらっしゃった先生で、当時もお世話になりました。その後ブローネマルク発祥のスウェーデンに留学し、直接本場のインプラントを学んできた方です。現在は昭和大学の補綴の助教授をされています。この講習で豚の骨を使った実習などもみっちり行い、ブローネマルクシステムで比較的古典的な手法を学んできました。

2007年2月26日 (月)

私のインプラント事始めその1

 先週の金曜日、また1例インプラントのオペがありました。以前書いたように、ちょうど緊張感が途切れないような感覚で埋入させてもらっています。また、上部構造(顎の骨に埋めたインプラントに結合し、実際にかみ合わせる歯)を作る前で仮歯の状態の方なども何人か同時に抱えており、おかげさまで様々な型の症例に取り組んでいます。これからしばらく私のインプラントに対する考え方などを書き留めたいと思います。
 現在主流であり圧倒的に信頼性の高いインプラント(円柱又は円錐形態でチタン製)はブローネマルク先生が始めたもので約40年の歴史を持っています。それ以前も骨膜下インプラント、ブレードインプラント、サファイアインプラントなど様々なものがありましたが、予後は短く確実性のないもので、歯科の中である種「眉唾もの」と見られていました。私が大学に在学し、卒業した頃すなわち20年ほど前は、じわじわと現在のかたちのインプラントが浸透してきた頃ですが、それ以前の経験から大学内でもまだまだ慎重な見方が多かったと思います。医科歯科大全体としても比較的保守的であった事、また私が残った教室の教授は歯根膜の機能を重要視する意見だった事などから、私も当時はまだまだ特殊なものと考えていました。
 大学院を終えて1年間教室に残り、その後群馬に帰ってきたわけですが、雑誌や学会の動向からインプラントがかなり広がってきた、進化してきたことは分かっていましたが、どちらかというとスペシャリストが行うものという考えで過ごしてきて、通常の治療の腕を磨く事に専念してきました。そして歯周病や義歯や補綴や外科など、いろんなことをかなり極めた人が、インプラントを行う資格があるのではと漠然と思っていました。
 ところが何年か前のある日、歯科助手対象の講習会で補綴の講義の準備をしている時だったと思います。当時親しかった若手の先生が「コーヌス(義歯の一種)の印象の仕方ってどうするのでしょうか」などと聞いてきたのです。その先生は毎年かなりの数のインプラントを行っている先生でした。聞かれたことは私には常識と思えるような、卒後すぐに習得した事だったので、ある意味非常にショックというか、「なーんだ、こんな感じでインプラントをやっているのか」という感じでした。
 それまでも手持ちの義歯、歯周病、根管治療などの技術で何とか噛める様に、歯を保存するように、患者さんの満足が得られるように努力してきましたが、どうしても無理ある症例があり、また1本でもインプラントを用いたら飛躍的に改善するのに、という症例がたくさんありました。したがって資格があるなら取り入れたいと思っていたのですが、前述のようにまだまだそれには私は未熟では、と躊躇していたのです。それが、前述のエピソードを機会に本格的に取り組んでみようと踏み出したのです。

2007年2月20日 (火)

医院だよりを印刷しました

Dscf0013 HP管理人 荒木田です。

 荒木田歯科医院では、不定期ではありますが、診療の内容を詳しい説明や、院長の診療方針などを書いた、「荒木田歯科医院だより」を発行しています。これまでは0号から11号まですべて待合室に置いていたのですが、種類が多く場所を取るようになってきたので、1号から10号までを「歯周病とプラークコントロール」という小冊子にまとめ、院長の自己紹介などが書いてある0号と新しく始まった欠損補綴シリーズの11号、「歯周病とプラークコントロール」の3種類を を置くようにしました。 

つい先日印刷したばかり・・・と油断していたら、昨日きれいになくなっていました。治療の順番を待つ間などに、気軽に手にとっていただいているようで、とても嬉しいです。

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 歯科に限らず、お医者さんで聞いた説明というのは、聞いているときには、よく分かったつもりでも家に帰って考えるとよく分からない事だらけ・・・ということはよくあることです。そういう時、医院だよりが院長の考え方や治療方針の再確認など、お役に立てるのでは、と思っています。

2007年2月18日 (日)

シューベルトのミサ曲

 もう12時を回っているので昨日のことになってしまいましたが、夕方から前橋交響楽団の練習がありました。普段は木曜の晩ですが、本番前の集中練習という事で、今回は合唱(「すいせい」)の方々も一緒の練習です。診療終了後、前橋の県公社総合ビルに向かい、途中から練習に合流しました。
 今回のメインのプログラムは、シューベルトのミサ曲第2番です。声楽曲は私の守備範囲ではなかったので、シューベルトに6曲ものミサ曲があることも認識していなかったのですが、若い頃(といっても夭折してしまったシューベルトですが)に書かれたこの2番は比較的よく演奏される、大変美しい曲です。とはいえクレドの中間部やアニュス・デイの一部のように、暗い淵を覗き込むようなゾッとする瞬間もあるところが、シューベルトの特長でしょうか。疲れた頭に鞭打って楽器を吹いていますが、音を出しながらハッとする瞬間です。

2007年2月16日 (金)

インプラント手術

 今年に入って4例目のインプラント埋入手術を行いました。今回は下顎片側3歯欠損のところを、初めてで不安のある患者さんの希望でまず1本だけ埋入しました。もちろん3本いっぺんに手術してしまった方が術者にとっても患者さんにとっても良いとは思うのですが、このような希望も至極もっともだと思います。
 当院ではほぼインプラント専門で行っているクリニックのように毎日というようなペースでオペはありませんが、おかげさまでちょうど習熟と適度な緊張感とのバランスが保てる位の頻度だと思っています。インプラントを初めて3年ですが、かなり一通りの治療はやらせていただきました。この辺の経緯についてはおいおい書かせていただきたいと思っています。

2007年2月15日 (木)

ちょっとショックな一言

 午後に初診でいらっしゃった患者、Aさん。某歯科医院にてあまりにも待たされるので、仕事に差し支えてしまいうちに来たとのこと。ずっと以前に当院にかかったカルテがあり、その後の事を聞きました。お話では、「いろいろな医院にかかったが、なかなか忙しくてすいているところを探してかかっている」という事でした。
 最近けっこう働いているという意識があったので、若干ショック。しかし私の診療体系では、現在くらいの混み合い方でもけっこうアップアップです。こればかりは仕方がありません。お待たせしてしまう患者さん、ごめんなさい! ちなみに、当院の一日の患者さんは25人平均くらい(とは言っても波が大きいのですが)です。

2007年2月14日 (水)

フランスからの荷物

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 昼間フランスから待望の荷物が届きました。というのは、約3週間前にネットで注文した楽譜が届いたのです。di-arezzoという楽譜店のサイトから(日本語対応)初めて注文してみたのですが、これまで色々と探索していた譜面が見つかり、しかもこんなに早く届き、感激しています。
 私はオーボエを吹くのですが、最近再評価され、レンチェシュが多く録音しているKoechlin(ケクラン)のオーボエ曲に注目しています。その中で、2つのモノディ(2 monodies)の楽譜がどうしても見つからなかったのですが、今回手に入れることができました。写真の左下です。
 ケクランは室内楽、オーケストラ曲など膨大な作品を残している近代フランスの作曲家です。最近いろいろな曲のCDが出始めており、もっと人気が出てもおかしくない人だと思います。若い頃オーボエを吹いていたという記述も見たことがあり、なんともオーボエ吹きの琴線に触れるような曲を残しています。最も技巧的にも体力的にも表現上も、難しい曲ばかりですが。
 なお、写真左上はシベリウスの第1シンフォニーのスコアです。私が入っている地元のアマオケ、前橋交響楽団の今年秋の演奏会のメインプログラムです。

2007年2月13日 (火)

診療後の仕事

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 当院の診療時間は平日原則として6時半までです。最近は夜遅くまで診療されている先生方も多いので、この就業時間は比較的早い方だと思います。また、毎日会社で残業なさっている方は、うらやましいと思われるかもしれません。
 しかしながら私仕事はこれで終わりではありません。夕食後、まず今日のカルテの点検を行います。これはたいていテレビを見ながら(大体テレビ東京!今日は「元祖でぶや」)。そのあと、診療室に降りて「技工」をします。うちは技工士さんはいないので、洗い物や滅菌などの診療準備室の一角が技工スペースになっており、技工机があります。技工士さんがいない割には金属の鋳造機やレジンの重合設備など、一通りの仕事ができる環境になっています。
 というのも、私自身が補綴関係の診療科出身で技工を行うこと自体に抵抗がないこと、また歯科においては診療や研究の アイデアの源泉となると考えること、そして何よりも手を動かすのが好きなことから、ここが私の夜の仕事場、書斎みたいになっているのです。正面の棚には小さなアクティブスピーカが置かれ、CDを聴きながらの夜なべ仕事です。
 最近の歯科界のトレンドでは歯科医師が行う技工などは流行りませんが、補綴においては技工操作の占める比重が大きなことは昔から変わりありません。もちろん技工士さんと完全なコミュニュケーションをはかり、一体となって臨床を行うことも素晴らしい事ですが、時には自ら手を動かして試行錯誤、人工歯の配列を行ったりすることも、大事な勉強のひとつだと思います。
 というわけで、音楽を聴きながらの楽しい残業は10時~11時頃まで続きます。

2007年2月11日 (日)

高崎は晴れ

 昨日の晩は、高崎で集まりがありました。私は昨年3月まで県歯科医師会で医療管理委員をやっていたのですが、そこで親しくなった、というよりも私が最も年下なのでお世話になった先生方と6人の、定期的な集まりです。私はひねくれ者でまたお酒を飲めない事もあり、基本的に付き合いの良い方ではないのですが、この集まりは最年少ながら「仲間」という意識で話していただくことができ、楽しくかつ有意義な時間を過ごす事ができます。同業者が集まるとそれぞれ内情や悩みは似ているので、どうしても愚痴をこぼし合ってしまいますが、それでもこの仲間はみな患者さんと医療の事を真面目に考えている人ばかりです。
 ところで昨日は家を出ることはポツポツ、途中でザンザンぶりでかみなりも、しかし高崎市に入る頃に急にやんで道はカラカラ、なんとも変な天気でした。今年は本当に気象の異常を考えさせられる冬です。

2007年2月10日 (土)

レーザー導入しました

Dscf0053_1 荒木田歯科医院院長 荒木田です。

 今年1月にレーザーを導入しました。今日は診療を30分早く切り上げ、メーカーであるモリタの担当者にお願いし、スタッフのためにレーザーの基礎から講演してもらいました。
 レーザーは長年の懸案であり様々な機会に勉強してきたのですが、なかなかこれという機械が無かった事と資金の不足からこれまで二の足を踏んできました。今回満を持して性能の向上したモリタのEr-YAGレーザーを購入するに至りました。現在3週間ほど使用したところですが、そのフレキシブルな用途に可能性を感じています。要するにいろんなことができそうで、しかしそのためには日々経験を積んでいく必要があるようです。一般に世の中の道具・機械の類には、マニュアルどおりに使えば簡単だがそれしかできないというものもあれば、使用者の経験や技量で使用法や結果が広がって行くものがあると思います。レーザーはまさに後者のような道具であり、かつEr-Yagレーザーはそれに加えて極めて安全性の高いものといえます。